味わい深い暮らし

ブックカバーチャレンジ  

2冊目
「わたしの台所」 沢村貞子 著
豊かな暮らしとは何か、
読む度じんわりとする。

昔が必ずしも良かったわけではなく、
しかし効率化を進めた世界は、
無駄を省いて何を置いてきたのだろう。


名脇役と呼ばれた女優沢村貞子さんは、
役者一族で津川雅彦さんの叔母にあたる。
津川さんが俳優になるとき
「あなたは顔が良いから、人の何倍もうまくならないと認められない。」と言ったとか。

ゆったりとした着物姿が粋で、
着崩れすることはなく、
腰紐一本でビシッと着付ける。

下町育ちの沢村さん、
生き様そのままだ。 

大らかさ、ユーモア。
意志が強く、一途な女性。


潔く、可愛らしい沢村さんは
毎日をせわしなく懸命に生きていて、
それでいてほのぼのとする。

説教くさくなく、
ただ行き詰まった人の気持ちを
フッと軽くする言葉が散りばめられている。

名随筆「私の浅草」「貝のうた」も
悩ましいけれど、
いま一冊選ぶならば「わたしの台所」。
軽やかな気持ちになれる。


意地悪な人は、
こちらが悲鳴をあげる姿を見たいのだから、
思い通りになってたまるものですか。
何かありました?と知らん顔して
悠然と立っていれば、
やがて向こうが逃げ去る。

決してやり返したりはしない。
名付けて風流戦法。


世知辛い世間を生きるため、
ヤジロベエのように、
両手に抱えた荷物のバランスをとって、
愚痴っぽくならないように。

例えば役所で尊大な態度をとる職員が、
ふいに家族と電話をしている姿を見ると
思いがけない優しい表情だった。 

(そうか、この人は気の弱い甘えん坊で、
この仕事に満足いってないに違いない。
こうやって庶民に八つ当たりして
バランスをとっていないと、ノイローゼに
でもなったら家族も可哀想だ。) 

そう思うと、すっと腹立ちもおさまる。


解説で長塚京三さんが若かりし日、
愚痴がたまりにたまって
沢村さん宅を訪れた際、
「それでもあなた、役者が好きでしょ。
楽しくてたまらないでしょう。」
と悪戯ぽく返された。

あのとき、
世界中にこの上を行く言葉は
他に無かった、と長塚さんは振り返る。


経験で培った人生の智恵が伺える。
「そんな考えはもう古い、
と言われちゃうかしら。」
と呟く沢村さんの姿が浮かぶ。 

完璧なわけではない人間味も、
魅力いっぱいだ。 


ある日、夫婦茶碗が
男女同サイズであることに
感激する沢村さん。

幼い頃から
女のくせに食べすぎるな、
と言われ続け、
ようやく男女同権の時代が来たんだわ!
と、早速いそいそと自宅で使ってみる。

すると、食べすぎで胃もたれになり、
即反省。 


(せっかく男女同権の時代が来たからって、肝心の権利を使う側が
しっかりしていなければ活かしきれない。
自分の体力や能力を見極めて
行動しなくては。) 


若い女優さんが宣伝アピールの為に、
形だけ習い事をする姿に悄然としたり。
洗面所の水出しっ放しで身支度する人に
ヤキモキしたり。
たすき姿を好きでしているのに、
通りすがりのお嬢さんに封建時代の犠牲者とばかりに哀れまれたり。

自宅を見られてしまうテレビ電話なんて、
実用化されませんように、と密かに祈る。


時代の変化を喜んだり、
ストレスを感じたり。

沢村さん夫妻は、ここは外国なんだから
怒っても仕方ないね、と冗談を言い合う。


 「徹子の部屋」で
沢村さんの元マネージャーが
「彼女は夫に尽くしすぎる、そんなに尽くさなくていいのに、とイライラしました。」
と話していて、おかしかった。


同番組で夫の手紙を聞かされた沢村さんは
「あの人が、直接には決して
私にすまなそうにしたり、
感謝をしたりしてこなかったことが、
私には有り難かった。
そんなことをされたら、
私はいたたまれなかった。」
と語っている。


自己犠牲ではなく、
自分がやりたくてやってきた、
という悔いのなさ。


 「私の浅草」解説で
シナリオライター山田太一さんは、
合理主義、民主主義を掲げた今の方が
良い時代になってきたはずなのに、
しきたりを切り捨てた味わいのない
貧しい世界に感じてしまう、と指摘。



本当に、昔と今の間で
試行錯誤している沢村さんが、
誰より豊かに見えるのだ。 



松永紀見子 SINGER

KIMIKO MATSUNAGA Singer、Songwriter♪ 東京近郊のジャズバー、パーティー・イベントで活動中。色彩豊かな季節の移ろいを謳い、出会いと別れをテーマに曲作りもしている。

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